① 鼠径ヘルニアとは
ヘルニアとは、体のいろいろな部分で臓器や組織が本来あるべき部位から飛び出した状態をいいます。
鼠経ヘルニアはいわゆる「脱腸(だっちょう)」と言われ、本来はおなかの中にある腹膜や腸の一部が、鼠径部の腹壁の弱い部分から皮膚の下に飛び出した状態のことをいいます。
整形外科で治療する椎間板ヘルニアとは全く別の病気です。
鼠径ヘルニアの仕組みを下に示します(図1)。
② 鼠径ヘルニアの歴史
鼠径ヘルニアの最も古い記録は紀元前1552年頃のエジプトの歴史書(パピルス)にあります。
古代エジプト時代の治療は手で押さえて戻し、包帯固定することが主流だったようですが、Merneptah王(紀元前1224~1214)のミイラには陰嚢が切り離された大きな手術痕が残されているらしく、当時から鼠径ヘルニアに対して外科手術が行われていた可能性があります。
ローマのCornelius Celsus(紀元前20年頃~後45年頃)の書いた医学書には、鼠径ヘルニアの外科治療に関する記述がみられます。当時の治療の中心はやはり、整復と圧迫でしたが、進行したヘルニアに対しては切除もしていたようです。しかし、傷口はそのままで自然に治るのを期待し、大きい場合は熱した鉄で焼いていた(烙鉄焼灼)ようです。
以来、大きな進歩の無い期間が長く続きましたが、19世紀になると大きく変化してきます。Henry O Marcyが1871年に内鼠径輪の閉鎖術を、Vincenz Czernyが1877年にヘルニア嚢の結紮術を、
Edoardo Bassiniが1884年に後壁補強の術式を施行しました。
現在も行われているiliopubic tract repairは1900年代中頃にNyhusらによって普及されました。
人工膜(メッシュ)を用いた手術は1956年にダクロンメッシュを用いて行われ、以後メッシュを用いた術式が発展しました。腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術は1982年に初めて施行されました。
現在、成人鼠径ヘルニア手術術式は、メッシュを使用した前方アプローチによる方法、腹腔鏡手術による方法(メッシュ使用)が主に行われていますが、現在行われている術式が確立されたのは、最近100年くらいのようです。
③ 鼠径ヘルニアの発生頻度と自然経過
鼠径ヘルニア患者さんの80%以上男性で、一生のうち男性の27%、女性の3%に鼠径ヘルニアが起こります。小児の病気と思われがちですが、成人になってからも多い病気です。
初期には、立った時やお腹に力を入れた時に、鼠径部の皮膚の下が膨らみます。次第に膨らみが大きくなると不快感や痛みを伴うことが多いです。
腸が皮膚の下に脱出し戻らなくなることがあります。これをヘルニアの「嵌頓(かんとん)」といいます。放置すると、腸閉塞、腸管壊死、腹膜炎となり、緊急手術が必要になります。
痛みがなく鼠径部が膨れるのみなど症状の軽い患者さんの嵌頓率は、年間で1%程度ですが、発症後3ヵ月以内、50歳以上の方は比較的嵌頓が生じやすいといわれています。
無症状、もしくはわずかしか症状がない鼠径ヘルニアの患者さんでも、そのうち70%の患者さんは、いずれ痛みなどの症状が発生し手術が必要となるとされています。
④ 鼠径ヘルニアの危険因子と予防
鼠径ヘルニアの危険因子
・高齢、るいそう、反対側のヘルニア既往、ヘルニア家族歴
・腹圧のかかる仕事や運動、経後恥骨的前立腺摘出術の既往
・慢性的な咳、腹膜透析、喫煙、腹部大動脈瘤など
鼠径ヘルニアの予防
⑤ 鼠径ヘルニアの治療
成人の鼠径ヘルニアを治すためには手術が必要です(表1)。
脱出した腸とヘルニアザック(腹膜)をお腹の中に戻して(あるいは切除して)、腹壁のすき間(穴)を閉鎖します。
主な手術法として、
- 人工物を使わずに、筋膜などの生体組織を縫い合わせて脆弱部を閉鎖し補強する方法
- メッシュ(人工の膜)を用いて脆弱部を閉鎖し補強する方法
メッシュを使わない方法よりも術後の痛みが少なく再発率が低いためです。(図2)
メッシュとは、『網戸の網のような』合成繊維でできた補強材です。
⑥ 鼠経ヘルニア手術術式
大きくわけて、従来から行われている、皮膚側から手術を行う前方アプローチと
腹腔鏡を用いて行う腹腔鏡法があります。
前方アプローチ法(従来法)
下腹部の5cmくらいの傷から手術する方法です。
『人工物を使わずに、筋膜などの生体組織を縫い合わせて脆弱部を閉鎖する方法』、
『メッシュ(人工の膜)を用いて脆弱部を閉鎖し補強する方法』のいずれの術式も
あります。成人の鼠径ヘルニアの場合は、現在ではメッシュ使用する術式が主流です。
腹腔鏡法
腹腔鏡下手術では、まずお腹に小さな穴を3ヵ所あけます。そのうちの1つの穴から腹腔鏡を入れてお腹の中を映します。お腹の中の画像をテレビモニタでみながら手術を行います。腹腔内よりメッシュという人工補強材を入れ腹壁の脆弱部を補強します(図5.6.7)。
⑦ 腹腔鏡下鼠径ヘルニア修復術の一例
50台男性の左鼠径ヘルニアの例です(図8)。
腹腔鏡手術の実際の画像を供覧します(図9)。
⑧ 鼠径ヘルニア手術の合併症
①出血・血腫・水腫
時間の経過とともに消退します。②創感染
0.5%の頻度で生じます。③疼痛
術後の時間の経過とともに消失しますが、1%程度の頻度で疼痛が残ることがあります。④精管(男性)、血管、神経の損傷
鼠経ヘルニアや大腿ヘルニア手術では、ヘルニア嚢と隣接している精管や血管、神経を損傷することがあります(1%以下)。
⑤再発・対側発症
再発率:従来の方法(メッシュを使わない方法):約10%、メッシュを用いた方法:3%以下。巨大なヘルニアの場合や筋肉全体が弱くなっている場合は、再発のリスクが高くなります。
また、約5-10%に反対側からヘルニアを生じます
⑨ 前方アプローチ法と腹腔鏡法の比較
⑩ 患者負担金のお話
保険診療でのヘルニア手術の費用については、厚生労働省の定めた診療報酬に定められているため全国どこの病院で受けても医療の費用は一律となります。
70歳未満の方は、事前申請により限度額適用認定証の制度を利用することで窓口負担を安く抑えることが可能です。
下記は一例です。(平成29年10月1日現在の診療報酬制度に基づく)
例:Aさん45歳
限度額認定証申請あり。区分ウ(標準報酬月額28万~50万円)
腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術 1泊2日入院
窓口支払額 83171円
例:Bさん75歳
後期高齢者1割負担
腹腔鏡下鼠径ヘルニア手術 4泊5日入院
窓口支払額 60840円
支払い額は所得区分に応じて変わります。
窓口負担や制度についての詳細は病院受付窓口へお気軽にお問い合わせ下さい。
医師のご紹介
- 出身大学
- 鹿児島大学医学部
- 卒年
- 昭和54年
- 資格・所属
- 日本外科学会認定医
日本胸部外科学会認定医
日本乳癌学会認定医
日本外科学会指導医
九州大学医学部臨床腫瘍学講座非常勤医師
日本呼吸器外科学会指導医
日本外科学会専門医
日本呼吸器外科学会専門医
日本がん治療認定医機構 暫定認定医
日本がん治療認定医機構 がん治療認定
- 出身大学
- 佐賀医科大学医学部
- 卒年
- 平成05年
- 資格・所属
- 日本外科学会専門医
日本消化器外科学会専門医・指導医
消化器がん治療認定医
日本がん治療認定医機構がん治療認定医
日本消化器病学会専門医
日本消化器内視鏡学会専門医
日本内視鏡外科学会技術認定医・評議員
日本大腸肛門病学会九州支部評議員
日本オストミー協会
佐賀県支部 顧問医
手術実績
症例数(鏡視下) | ||
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一般外科領域 | ||
鼠経部ヘルニア手術 | 76(76) |
※令和2年3月~令和3年4月実績